【コラム】
◆経済至上の評価から距離を置いて働く
小さな子どもの子育てが一段落し、子どもがある程度自立するまでの期間、経済至上主義社会から少し距離を置いて、働くこと、働き続けることができないだろうか? 今の経済至上主義の社会では、子育てで労働力にならない人に対する評価はゼロに近いのが現状だと思う。収入が無いあるいは少ない、所得税が払えないということで社会人としての価値は低いという風潮だ。子どもを置き去りにしてでも他と同じペースで働き続けなければ評価されない、そうしなければ社会復帰への道は閉ざされる状況だと言っても過言ではない。
しかし、所得の有無という指標のみで、毎日ゴロゴロ過ごしている人と、子育てで四苦八苦している人とが同じ評価であるのはおかしい。そのような世の中である限り、子どもを産み育てることに対する価値は置き去りにされてしまう。少子化も止まらないだろう。
◆他の評価基準が必要
「エンデの遺言」というNHKの番組(NHKのBS1で1999年に放送)では、現在のお金だけの一律の評価システムではない、他の評価基準が必要だと言っている。「命を育てる」親の仕事は1時間当たりいくらとか、子育て費用(投資)に対する効果がいくらとか、どれだけエリートに育てたからいくら・・・という金額に換算できる評価ではない。
他の人と同じペースで働けなくても、一方で子育ても(現状では、家事も)並行して頑張っているのだから、どうか見方を変えて、このような母親(父親)たちに光をあてて欲しい。子育ても「実績」の評価の中に入れていただきたい。
◆子育ても「実績」
子育てを「実績」にしていくとはどういうことだろうか。私自身2人の子育てで社会的には第一線から外れ、新しい働き方を模索する日々である。これまで仕事の中で子どもや福祉に関わる現場に触れてきた。しかし、そこで経験したことよりも今現在、子育ての当事者になったことで経験している中身の方がより現実的である。問題意識も実態を伴ったものとしてより高くなる。
1人の生活者として子どもや地域の問題にかかわり、コミュニティーをつくり、社会性を高め、行政や国へ働きかけ、子育ての現場から情報発信する。これらの活動は経済性がとても低い。別に収入を得るための努力も要る。しかし子育ての当事者である今だからこそ、できることが沢山あるのではないかと思う。
ここではこれまでと違う分野・世界の方々との出会いも多く、それを活かせば人脈がぐっと広がる。これも個人の財産になるだろう。
収益がいくらという結果は出せないが、それ以外に多くのことを蓄積することができると信じている。それが子育ての実績になる。社会から置き去りにされたような孤独、「弧育て」とも言われる今の状況を好転させるためにも、子育て中の貴重な時間を大切にしたいと思っている。
【アドバイス】
子どもが育たないと次の社会へとつながりません。自身を持って子育てしましょう。
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