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4月 28, 2009

ナゾの男

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>ドレミ

【要約文】
二男は14歳。すっかり、ナゾの男と化しています。素直な長男とはちがい、何を考えているのだか・・。思春期の男の子を育てる母のつぶやきです。

【本文コラム】
 なんで、こんなに頭にくるのだろう。私は静かに考えてみました。

いきなり、松葉杖で帰ってきた二男。先生から、連絡はなし。聞けば、体育の時間、走ったら急に痛くなり、肉離れとのこと。

それで、松葉杖というのも大げさですよね。
本人の話だけでは納得できず、先生に電話をしたら、本人が私に言わないでほしいと言ったので、かけなかったけれど、今でんわしようとしたという苦しい言い訳・・。

先生からも本人が言ったこと以外、聞けず、ますます、腑に落ちない私でした。本人は嘘をつくことが多く、よくわからないのです。

顔には出さないし、何を考えているのか。だから、頭にくるのでしょう。何か、二男が隠しているようで・・。思えば、ずっと、いじめられっこでしたから。

 医者に行っても、肉離れと言われたのみでした。
未だによくわからないのですが、疑ってもしかたないので、先生には本人が何を言っても、けがなどの非常事態は知らせてほしいと言いました。

少しばかり、うるさい親と言われても仕方ないです。
今、たずなを握っておかなければと思っています。先日は顔に傷を作って帰ってきて、問い詰めても「知らぬ。ぞんぜぬ。」の一点張り。本当にナゾの男です。

【アドバイス】
小さい時から、うんと甘えさせてあげるといいですよ。特に男の子は。

二男の場合、それが足りなかったと思い、反省しています。長男はどんなに反抗されても、どこか通じているのです。
それは小さい時の関わり方の違いだとおもいます。

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4月 28, 2009 コラム | | コメント (0) | トラックバック (0)

腰を振ってダイエット~コアリズム~

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>えりまき

子供が幼稚園や小学校に出かけて家事も終わり、さてお茶でもというひととき、ドシッと腰をおろして永遠にテレビの前で過ごしていませんか?

天気もいいのに何かしなきゃと思いつつ、立ち上がれない日々が続いていませんか?
そんなとき、楽しくおうちでダイエットできますよ、コアリズムなら!

すでに女芸人さんが宣伝しているし、多くの方がご存知かと思います。
本当に効果あるの?と疑わしかったのですが、何だか楽しそうに思えて勢いでDVDを購入したんです。

初級、上級などコース別にDVDが分かれているし、何と人物の後ろからの映像やお腹の動きだけの映像もあります。

こんな風にかっこ良くなりたいと踊っていると20分や30分なんてあっという間ですよ。

ラテン系だから音楽を聞いてるだけでそのうち体が勝手に動いてしまうし、下手な踊り、小さい動きでも続けることで効果が望めそうです。

私も久しぶりにエステに行ったらクビレをほめられました!
ぜひぜひ試してください。
場所も一畳分あれば大丈夫です。

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4月 28, 2009 ダイエット・美容・コスメ・化粧品 | | コメント (0) | トラックバック (0)

4月 21, 2009

在りし日の祖父を思って・・・

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>ドレミ

 四国へ行ってきました。高松と松山です。
主人はうどんと松山城が目的。私は祖父を思いたかったのです。

 祖父は私が10歳の時、亡くなりました。
あれから、23年。寝床で昔話を語ってくれる穏やかな姿。そして、元校長を思わせるような威厳が対照的な人でした。

祖父は四国の愛媛の出だということ以外、誰も何も知らないのです。亡き祖母も何も語りませんでした。

 そこで、この機会にと思い、主人について四国へ行ったわけです。祖父は明治の人。頑固一徹。

立身出世を夢見て故郷を捨てたのでしょうか。
松山の情緒あふれる街並みに身を寄せながら、私は祖父のぬくもりを感じました。あの淡々とした語りはこの故郷で育まれたのかもしれません。

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4月 21, 2009 旅行・映画・演劇・音楽・読書 | | コメント (0) | トラックバック (0)

4月 14, 2009

夫の操縦法

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>ドレミ

 結婚17年目。3人の子供の母です。

主人とは学生時代、知り合い、5年つきあって結婚しました。
披露宴のときには長男がお腹に。いわゆるできちゃった婚でもあり、主人は2学年下。当時はまだ、流行らなかった姉さん女房となりました。

 そのせいか、彼はわがまま。子供が生まれても子供のままで互いにイライラしていたと思います。今思うと、子供にやきもちを焼いていたのです。

でも、当時はその気持ちに気付くような心のゆとりが私にはありませんでした。

それから、続けて二男が生まれ、長男と6歳違いで長女が生まれ、私たちは父と母という立場で、子どもたちを育てていくのに、精一杯でした。
互いにイライラして喧嘩もしばしば。姑を巻き込んだことも。

 でも、子供たちが学校へ行くようになり、私地震、気持ちにゆとりが生まれたのだしょう。ママ友達もでき、子供がいないあ間にランチという楽しいイベントも多くなりました。

そんな折にふと思ったのです。
なんと、皆さん、ご主人よりも子供という人が多く、子供中心の生活。私も当時はそれが当たり前と思っていましたが、何か、違うとおもったのです。

夫婦は親であるまえに男と女です。恋人同士であったはずでそれは永遠に変わらないのではないかと。
そういう気持ちで主人に接してみるとなんと、彼は子供であること。

やはり、優しくされたり、甘えたり、立ててあげたりすると悪い気持ちにならないようで、次第に落ち着いてきて子供を叱ることも少なくなってきました。

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4月 14, 2009 暮らしの知恵・気づき | | コメント (0) | トラックバック (0)

反抗期!?

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>ドレミ

 感動しました。息子の初めての父親に対する反抗。

反抗的態度はあり、家出をして、義母(彼にとっては祖母)の家で一年過ごしたこともありますが、面と向かっての反抗はこれが初めて。

傍にいた私はまるで、青春ドラマの母親のように、
「パパに謝りなさい。もう、部屋に行って寝なさい。」としか言えなかったのですが、心の中は言葉にできないほどの感動でいっぱい。

高2になったばかりの息子が一段と成長したように思えました。

 原因は書くに足らないほど、くだらないことですが、せっかくの機会なので、書かせてください。
まあ、青春時代は兎角、親に反抗したいのか、自分でいいと思ったことはとことん、追及したいのか・・・。
私自身、大した反抗もなく、育ったので、わかるようなわからないような・・。

でも、男の子と女の子は違うと思うので、やはり、彼のことを細部まで、わかっているとは言えないでしょう。

話はそれましたが、彼の反抗の原因は髪の毛です。
父親に「切れ。」と言われ、床屋に行ったにもほとんど、切らず、見ていても不潔でおかしいのです。

アイドル並のかっこいいヘアならまだしも、ただの伸び放題。
それでも、本人は気に入っているらしく「切りたくない。」と主張。
このような意見の相違が今回の反抗の原因で、かなりくだらないとは思いますが、本人にとっては大きな問題だったようです。

父親も息子が向かってきたので、本気になって取っ組み合いになりました。この日はまた、髪の毛以外にも、夕飯のごはんが息子が平らげてしまい、父親が帰宅した折にはジャーの中がからっぽという事態になっていたのです。

当然、お腹のすいた父親は機嫌が悪く、また、私も子供会の用で帰宅が遅かったっこともあり、われの機嫌は悪くなる一方だってという最悪のシナリオになっていたわけです・・。

そこで、息子の反抗。
父親にとっても、踏んだり、蹴ったりだったと思います。

 それでも、さすがに父親は大人なので、あとで、自分が言いすぎた点もあると認め、息子に謝罪しました。

あのいつもぶっちょう面で大いばり、わがまま放題の彼も40を過ぎて大人になったのだとしみじみ思い、それもうれしくなった私でした。思わず、涙、涙・・・。

 これで、息子は男になれると思いました。
勉強のできない子ですが、あの父親にこれだけ言えて、向かっていけるならば、世間の荒波にも耐えられると思いました。

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4月 14, 2009 出産・子育て | | コメント (0) | トラックバック (0)

4月 07, 2009

春休み。どうしてますか?子供の昼ごはん。

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>たくれいまる

【要約文】
普段は学校や幼稚園で給食、お弁当を食べてくる子供たち。春休み、夏休み、冬休みのお昼ご飯を考えるのって大変ですよね。時にはお友達を呼んでみんなでピザ作りも楽しいです。

【本文コラム】
春休み、夏休み、冬休みが来ると子供たちは喜びます。
でも、お母さん達は思っているのです。あぁ・・またお昼ごはん地獄が始まる・・と。

それでなくてもお母さん達は日々、朝ごはんと夜ごはんのメニューを考えているのに、その上お昼ごはんまで考えなくてはならないなんて、こんな大変なことはありません。

一日中キッチンに立っていなければならないような、そんな感覚です。お母さんの仕事はご飯作りだけではないのに・・・

ラーメン、おうどん、スパゲッティー、チャーハン。

この辺りまで来るとそろそろネタ切れになって時にはファーストフードに頼ったり、お弁当を買ってきたり。面倒だな・・とは思っても、やはり子供が口にするものなので栄養面も気になったり。

我が家にも幼稚園と小学生の子供が二人。
お昼ごはんがネタ切れになった時にピザを作ることにしました。
ホームベーカリーでピザ生地を作り、上にのせる具を子供たちに飾り付けてもらうのです。

子供の好きなコーン、ウィンナー、ベーコン、卵などをそろえて好きなように子供たちにやらせます。一応野菜も・・・と思い時にはパプリカやトマトもそろえておきます。

生地を麺棒で伸ばすのはまだ難しいかなと思い私が伸ばしていると、それもまた面白そうに見えるらしく、「やりたいー。」と言ってきます。

後片付けが大変だけど・・・と思いながらも、まぁお休みだし時間もあるし食に興味を持ってもらえればとの思いでとりあえずやらせてみます。

お父さんのいるお休みの日の昼ごはんにも家族でピザ作りをして、何度かやっているうちにチョット飽きてきたようでした。

それなら、お友達もたくさん呼んでみんなで作ってしまおうと思い、下の子のお友達を数人、お母さん付きでおうちへ呼びました。

お友達と一緒に作れるというのがまた嬉しいらしく、朝から興奮気味。
そしてお友達も興奮気味で遊びに来てくれました。
そしてみんなでピザ作りスタート。

普段は遊びにきてもお母さんにピッタリくっついて離れない2歳の子までが、お兄ちゃんお姉ちゃんと並んで楽しそうにウィンナーを並べていました。

自分たちで作ったピザはおいしかったらしく、どの子もたくさん食べてくれました。おかわりのピザが焼きあがるのが間に合わなくて、子供たちを待たせてしまうほどペロりと勢いよく食べていました。

子供達のおなかが満たされて遊び出してから、お母さん達はバジルやイタリアンパセリをのせた大人用ピザをゆっくり食べながらおしゃべり大会を楽しめました。

その後のおやつも、いつもならお皿に山盛りだすお菓子があっという間になくなるのに、その時は皆おなかいっぱい食べたせいかあまり減りませんでした。

準備と後片付けが少し大変だったけど、子供たちも喜んでくれて楽しいお昼ごはんになりました。

普段はなかなかできないけれど、長期のお休みのときにはこんなお昼ごはんもたまにはいいかなと思います。

【アドバイス】
他のお母さんも巻き込んで、みんなでやるととても楽しいです。

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4月 7, 2009 コラム | | コメント (0) | トラックバック (0)

映画 ベンジャミン バトン 数奇な人生

by <アンケート調査・インターネット調査モニター>ドレミ

【要約文】
老人の姿で生まれ、赤ん坊の姿でこの世を去った男の生涯。老人と赤ん坊の存在、生と死という裏腹な現象について、私なりに感じたことをまとめました。

【本文コラム】
 ベンジャミン バトンは80歳の老人の姿で生まれ、赤ん坊の姿で世を去りました。
その数奇な人生を日記という手段で彼自身によって、語られます。
始まりは現代。危篤状態いの老女と彼女の娘が画面に現れます。

老女は娘に日記を読んでほしいと頼みます。それがベンジャミンの日記。彼の語りと彼女の回顧シーンで物語いは展開されていくのです。

 生まれてすぐ、父に捨てられたベンジャミンは老人施設で働くクイニーという黒人女性に育てられます。ニューオリンズという土地柄、黒人も多く、古き良きアメリカを思わせるジャズの軽快なサウンド。

それらもこの映画の魅力の1つです。そこで、彼は子ども時代のデイジーに会います。老人の姿でありながら、心は子供の彼。デイジーこそ、その老女であることが容易にわかります。

また、彼の熱い語りから2人がどのような間柄であったかも・・・。
彼らはそれぞれの人生を生き、その時々で出会いと別れを繰り返し、やがて結ばれるのです。

時に2人は40代。若返っていく彼と老いていく彼女。ちょうどその中間地点でした。それぞれの青春、栄光と挫折を味わったかれらは人生の最高潮を迎えたのでです。

そして出産。娘を前に彼は複雑な表情をみせます。若返り、やがては子供に戻る自らの運命を知っているからでした。

彼は実父から相続した財産を妻子に譲り、去っていくのでした。でも、1年ごとの娘の誕生日にはカードを送っていました。

現代の場面で娘は自らの父を知りい、カードを見て涙を流します。一時、デイジーの元に若者姿で現れた彼。気持ちの高ぶりを抑えられないながらも再び、別れる2人でした。

彼女はすでに再婚していたのです。彼女の幸せに喜びながらもさびしげな表情を見せ、彼女を送る彼でした。

そして、またひた旅、現れた彼は子供でした。彼女が世話をし、やがては赤ん坊に戻って、彼女に抱かれて息を引き取りました。

そして、現在の場面でも、老いたっデイジーが息をひきとります。ハチドリに姿を変えた彼が迎えに来たかのようでした。父母の愛を娘に語ることで、彼女は役目を終えたのでしょうか。

 見終えて感じたのは老人と赤ん坊、生と死という相反するこの現象に共通点を見出しました。誰もが必ず、通る道です。
生も死も人としての尊厳をもって迎えねばならない儀式であるのではないかと思いました。

そして、子供の世話が大事であることと同じように人生の先輩である老人の世話もまた大事なのです。子供が生まれるとき、何時何分何秒誕生とされますが、人が亡くなるときも何時何分何秒ご逝去とされます。

生と死は隣合わせです。そんなことを気づかせてくれる映画でした。今度は「おくりびと」を見たいです。

【アドバイス】
 私は子供と見ましたが、大人同士、もしくは一人でじっくりと見たい大人のための作品です、子供は見ても、よくわからないでしょう。
 因みに私の子供は「行きたい」とおねだりしたにもかかわらず、飽きていました。

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4月 7, 2009 コラム | | コメント (0) | トラックバック (0)